2012年02月11日

警鐘 / 刹那・短絡「性欲」の壊














なにもするなという言葉導きの穴。 






正しい生き方が真ん中に鎮座するのである。 そこにはこの世においては動きがあるのである。それが正

道、正法である。本来の姿は決して怠惰できるものではないのである。   正形を守るというはたらき

なのである。

にもかかわらず、なにもするなというのは語弊が伴う。正法を実践するにあたって『生じている世の諸相/

色欲の果』に働きかけねばならないのは、当然である。  それは悪果悪因のはやしを認識してもらうこと

であり、万生の『真』の望みのためであるといえる。






左右を置いて、「真ん中」。それが本来の生きる姿・道である。    自由をうたう者達の望む方とは、

結局はそこである。   探求の途中下車には、間違い『過ち』が「必然である」としても。





たくさんの悪果の種が育った / 「覆い繁った中」で 座ったまま生きることができようか。

こん日も 実を食べ 種を植え 足をとられる者たちがあふれるのなら、   なぜそのままでいいといえ

るのか。  


悪のはやしを絶やすことが、形を持って生まれた意図であるといえる。  われわれは空気を吸わなければ

生きられない。   それが形ある世に生まれた意図であり、快不快 リアルを感じる所以であり、幸福せ

歓喜を好む本質である 。



                                         Kil'ament


再再掲載:2010.6.9,13:29;16





軟弱な男女








人を迷いに導く者よ



「その言葉」に責任を持て



人を迷いに導く者よ



「生も死も同じであるということ」を



簡潔に示して



言葉に罠を仕掛ける者よ







無知な者を



道ずれにしようとする者よ







生きる上で 我々が感情を抱くのは「なぜ」か


なぜ 我々が美しく生きようとするのか


なぜ快と不快を感じるのか


不幸を不快と


幸福せを快と


感じることを「無意味だ」とし


感情と思う事を捨てさせ


本能的  短絡的  刹那的に生きることを発現させることを  止めよ









すべてに意味がある






段階がある






知ったと思ったときには 次の悟りが待つのである






安らぎを知ったからとて


すべてを知ったのではない





感情を


美しく生きようとする心を


正しさ(中道)の上を歩こうとする心を


破棄させる


発言を止めよ






人に誤解を生じさせることを知りながら






2通りの答えを用意する者よ







志し高き清き者には 最もらしい答えを


無知な未経験者 未熟者には  「快楽を求めて生きること」 「人生は一度きりだ」ということを


強調し


「 罪も犯しなさい


  したい事をしなさい  


  何も考えず本能で生きなさい 」


「隠れと破れ」「嘘偽り」「破壊・闘争」を発現させる発言をし


『快楽に身を沈めたい己』と共に


地の底へ


道ずれにしようとする者


誘導する者よ







人を迷いに導いたつけは必ず払わされる





己の弱さを知れ




快楽に身を沈めたい「己」を。



人を恐れ 天を恐れ 

心に渦巻く 歪んだ欲望を 身体の中でくねらせて

欲を成就させる時を 

今か今かと 覗き見ながら

「己の身体で飼った蛇に飼い馴らされる者」よ






人生一度きりだという言葉


すべての思いは夢・幻だから 何も考えず「やりたい」ようにやれという言葉


「人生どうだっていい」という言葉


延々とその口から語られる言葉の


誤解のないように  真髄を語ることを怠るならば


人を世を破壊に導いている事に変わりはない






本人が迷っているのであり


本人が苦しんでいるのである


解消できない欲望を持っているのは本人であり


解消「できない」のは 歪んだ欲望(自己中心的欲)であるためである


そして 「知らない」ためであり「悟らないため」であり「段階の悟りを知らない」ためであり


「傲慢」なためであり


「蛇を飼い 蛇に飼い馴らされている」ためである






人を迷いに導いたつけは必ず払わされる





誤解のないように弁解せよ




感情を無意味というならば




美しく生きようとする傾向をも 幻と謳うなら




あらゆるすべての思いが無意味であるとするならば




現象界の肉体が感じる事  この肉体に乗ったがゆえに感じる思い  出来事に対する快・不快を




すべて何の根拠もない 無視すべきものであるというならば




その理由を根拠を事細かに述べなければ




大きな過ちを犯してしまうだろう

 




軟弱な男女は 蛇に飼われ


自己中心的欲を叶えるべく 辺りの様子を覗っている


そして言い訳を探している





軟弱な男女は 色に溺れ (色の欲を大きく持ち)


善の名の下に


或いは愛の名の下に


或いは正義の名の下に


『偽善』の下に


どす黒い欲望を叶える時を待っている





善に紛れて


愛の名目に紛れて


正義「政治・公共・福祉」の名目に紛れて


人助けという名目に紛れて


色欲を叶える時を待っている





すべての破壊は色に繋がり  


「色欲」が下になっているからである





金を求めるのも色をしたいためであり


美を求める心も「歪んでいるのならば」  色欲を解消するための美である 

 




Posted by ○O〇HLK.ee  at 00:19│Comments(0)TrackBack(0)FO

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